忍者ブログ
自由に、好きなことをやる、手助け。
[1]  [2]  [3]  [4]  [5]  [6]  [7
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

コンビニなどで売られている(あれ?これいつの間に常套句に)飲料は、
容器代がとても多くを占めている、というのを昔から聞いていたが、
その実一体どれほどなのか。
夏場の飲料消費を考える上でも検索をかけてみた。

──『東京水のペットボトル1本100円って、水道水の原価はタダに近いと思うんですけど、値段の内訳はどうなっているんですか?

担当者 少しお待ちください。(2分間保留音で待たされて)お待たせいたしました。えっと、水道水だけでは0.1円になります。それ以外でボトル代が45円。運搬費が15円。ペットボトルを詰める時に水の塩素を抜くのですが、それにかかる費用が7円、販売手数料として30円。それから24本ずつでダンボールに詰めてますので、そのダンボール費用が3円になります。それで1本の値段になるというわけなんですね。
http://news.livedoor.com/article/detail/4051113/
 


とのことである。
この場合水についての内訳だが、他のペットボトル飲料で経費が大きく変わってくるとは思えず、
他の飲料についても自然と推測される。
私たちが飲料に払っていると思っていたお金の多くが、それを持ち運び可能にするシステムに払われていたことがお分かりになったであろうか。
とりあえず私は水筒を買ったが、皆さんも資源の無駄遣いにお金を沢山払うのは本意ならずと思われる。
資源もお金も、有効に活用していけたらよいのである。
そしてなぜか堅い日本語になってしまっている。そういう日もある。

PR
・You know " sa-born " ?
I have pretty sa-born .
...Oh, Really? It is calld callarborn in English?

...Shit !! Fu○k off !!!


・駅前で合唱やっていた。
いや、一人一人は全然下手じゃ無いんだけど、
あれ~、おかしいな~。
明らかに不協和音。
もうちょっと他の人の音との調和とか、も考えてくれると嬉しかったのだが。


・レジに物を置き会計を済ませるとき、名札の名前が見えた。
明らかに朝鮮系の名前である。
日本にずっとすんでてもう日本人と変わらないような、
いわゆる日系の人ばかりが働いているのかもしれないが、
なんとなく、日本人っていいヤツだな、と思われたくて、
どうも~、とか付け足してみたりした。
まあ普段からもいい感じならするんだけど、
そういう下心?みたいなのを意識してそうするのは珍しいことだったので。
ところで、こういういつもとの違和感や差異から社会学的な考察に発展できないところがまだ甘いな。


・「お売りたくなったら」
という文字の躍るポスターサイズの広告が貼ってあった。
「PRADA、Louis Vuittonなど」とも書いてある。
連絡先は080~で始まる携帯番号。
いいえ、これではお売りたくはなりません。
ブランドの日本での扱われ方の、象徴的な一端を見た気がした。
帰り道。


『ほのぼのレイプ
 犯罪は計画的に』

というシールを貼っていたトラックが前を走っていた。
どうかと思った。
そういうのは裏でやってくれ。
そもそもそんなに面白くはない。


国道の真ん中、交差点の中央でバイクが倒れていた。
対向車線側に完全にはみ出して。
スピードの出しすぎで倒れたのか。それにしても危ない。
対向車の大型トラックがハザードを光らせて、青信号で止まる。
急いで車体を立てるバイカー。高速で走り去っていく。
そこに思いもよらず白バイが登場。曲がれるタイミングとは言い難いが強引に曲がっていく。
あのバイクを追いかけて行ったのか??
二台のバイクと同じ方向にウインカーを出していたボクの車も後を追う。
赤信号に一台。白バイ。
もう一台は見当たらない。
危ないから交通整理でもするつもりで入ってきただけなのだろうか?
ボクはよく分からなくなって考え直す。
白バイは信号を越えて、次の信号を右へ。自宅への帰り道と同様である。
白バイは直進、ボクの車は左折して駐車場へ。
曲がる直前には前方にバイクの明かりは見られなかった。
なんだったんだろう?駐車場に車を止め、しばし荷物の整理にかまけていると、
白バイだ。
駐車場の奥まで、ボクの車の先まで、徐行で走っていく。
丹念に車の間や陰を見回しながら、行き止まりまで走っていく。
やはりなにかやったのだろうか?
逃げていた途中で勢い余って転んだのかもしれない。
単純に転んでいたお騒がせな人間に注意をするだけなのかもしれない。
真相はわからないが、渋滞も含む長距離を走っていたボクにはもう大して気力はない。
今日は蒸し暑いなと思う、
ナショナリズム~、モンゴロイド~、と口ずさみながら帰る。
ああ、そうか。
”分かり易さ”は”単調さ”に繋がるのか。

皆大きく見て同じような意見を持ってるように見えたり、
単純に一つの対立軸のみの二項対立にしか見えなかったり、
またはそういうどちらかはっきりしろ、みたいな圧力を感じるのは、
”分かり易さ”をあまりに求める風潮が強いからなのかもしれない。
自民か民主どっちか選べ、って言われたって、ねぇ。

原因はどこにあるのだろう、と思いを廻らせてみると、
欧米的なカルチャーからの影響かもしれない、と思ったり、
政治家かマスコミが馬鹿だったからかもしれない、と思ったり。
実際は欧米は一神教だが多様性を享受する文化で、
政治家もマスコミも難しい言葉が大好きかも知れないが。

どちらかと言えばそっちか。
難しい言葉が好きな重役に対しての
「意味分からない空虚な言葉でお茶をにごすな」との、
市民の側からの要求だったのかも。
確かにそれは十分ありうることだ。
難しい言葉を使う人間は適当なことを言っていると感じる構図もそれなら納得できる。

ネット上含め最近の世論は「分かりやすいように分かるように話せ!」なんて要求している嫌いがあるが、
それは脳にも一言語にとっても危機でさえあるのかもしれない。
そして、自由の危機でもあるようにとさえも。
選択肢が限られるというのはあまり好ましく無いかもしれない。
無数にある中から選べ、というのも地獄ではあるが。

そう考えるとこの兆候は宜しくなく思えてくる。
あえて思いっきり難しい方向を目指してみようか。今の僕にその実力は無いが。

・・・というこれまでを、仲正昌樹の著作のタイトルから思考をつなげてみました。
まだ何も読んでません、読みます。適当に書いてスイマセンでした(笑)。
「彼氏が欲しい」と女の子は漠然というけれど、
一体何を言っているんだろうか?

1、この私の中に有り余っている人を愛する心を何処かにぶつけたい。
2、この満たされない私の心を誰かに満たして欲しい。優しくされたい。
3、恋をしたい。愛し愛されるに値する(または私と釣り合う、などなど。そこは恋のメカニズムがよく分からないので適当に濁すが)男の子を思っているだけでなにか素敵だから、そういう対象となる存在が欲しい。「彼氏が欲しい」なのでその思いの成就までを含むが、必ずしもそこは必要無い、本質では無い、結果に過ぎないというスタンス。
4、恋愛は素晴らしいししなければならない、または幸せになるには恋愛をするしかない、という(強迫?)観念や、小さい頃から植え付けられた思想の発露。
5、横並び思考。みんな彼氏がいる(と自分で思っているだけ、を含む)から私も欲しい。
6、「彼氏が欲しい」訳ではなく、漠然と幸せになりたい。彼氏や恋愛はその手段にすぎない。

1,2は自己の中で発生する自然な欲求。
3も自己発生的な欲求だが、相手との接触を必ずしも必要としない、自己完結しうる欲求。
4、5は外部からのなんらかの働きかけによる結果。
4は恋愛だけについて関連している固有のものだが、5は恋愛固有ではない思考形態の発露の一部。
しかしながら皆彼氏がいて幸せそうだから私も、も5に含めると、他との境界が曖昧になるようでいけない。
「皆と同じように」幸せになりたい、と周囲と比較した不足を充足させたい、とも見ることが出来るし、
「幸せになりたい」ので周りの幸せそうな人々に共通する彼氏を持つということをすればいいのではないか、と考えたと見る事も出来なく無い。
6、手段。

と挙げましたが、今は適当に書いてみたので網羅されてもいないし区別も曖昧です。
勿論、どの要素もある程度絡み合ってその発言はなされているでしょう。
しかし女性は何を考えてあんなに彼氏や恋愛を重視するのか?
その問題を心に浮かべさせる程度の効果はあるかもしれません。
彼女たちの彼氏に対する優しさは、自分の愛を向けることを本能としているのでは、と1のように思わせる面もある反面、
2のように、心の中はどこか、どこまでも利己的なのではないかと感じさせる面も持っています。
敵を知り己を知らば百戦危うからず、とも言います。
考えてみることも自分に利益をもたらすかもしれません。

昔から、「彼氏が欲しい」という言葉に漠然と違和感を持っていました。
彼氏を作るのは、ゴールなのか、はたまた途上なのか?
いや、途上なんじゃないかとは思います。入り口に過ぎないのかもしれません。
しかしそうだとすると、入り口に多大な期待がかかりすぎていやしないか?そう思うのです。
まるで、一流大学に入りさえすればその時点で人生は成功だよ、という言葉に含まれる虚しさのような、
そういう違和感です。
そりゃ我々男も女性は当然大好きですが、
なんというか彼女たちが彼氏が欲しいという時には、
我々にはわからない、違う思考回路を通ってそういう結論に達しているとしか思えないのです。
何を考えているのか?どういう真意がそこにあるのか?
一流大学神話が崩壊したのは男が唱えたからで(もしかしたらコンプレックスの裏返しだったかもしれませんが)、
タイトルの発言に対するアンチテーゼがあまり叫ばれないのは
「そんな固いこと言わなくたって、欲しい物は欲しいし私がそう感じているからそうなの!」
とかなんとかよくわからない反論する印象もある、女性がメインユーザー?ならではなのかもしれません。
また、占いに言い換えても、これは成立する話でしょうか。

それとももしやこれは恋愛格差の結果生じた、ある一面の意識でしかないのでしょうか?
恋愛勝ち組(とは何か、は置いておいて)ともてはやされる人々はこのような
「彼氏欲しい」
という気持ちは持たないのでしょうか?
いや、勿論個人差は勝ち負けと別の部分にあれど、
一人身になった時は皆同じように感じるのではないか、これは僕の仮説に過ぎませんが、そう思います。


さて、上の1~6を書いた際、私は次のような分類を考えました。

①恋愛至上主義か、手段に過ぎないか。
何の手段かは問いません。恋愛そのものが大事なのか、または上記で言えば幸せになる為の手段に過ぎないのか、など。手段に過ぎないなら他に満たす方法も探してみましょう。
②内部発生的欲求か外部発生的欲求か。
自らの本能など、内部発生したものか、外部の情報によって形作られた価値観か。外部からの価値観なら一度自分の価値観を見直してみると何か発見があるかもしれません。
③自己完結的か、相互作用的か。
相手が必ずしも必要ないか、相手、対象からの反応、リアクションがなければ満たされないものか。1、2と3の間の違い。相手からの反応が必要なければ、アイドルや二次元で代用可!?です。


はい、私の遊びに最後まで付き合ってくれてありがとうございました。飽きたのでもうやめます。
分析の真似事をしようと思うも何にもなってない気もします。
「彼氏が出来たからって、だから何だってんだ!?何が変わるんだ?
付き合って不幸になるダメな男もいるだろうし、それでも誰でもいいからとりあえず彼氏が欲しいのか!?」
っていう言葉を一面的にとらえた気持ちから産まれた、単なる悪ふざけでした。
勿論、そんなことは言ってない、と即座に反論が返ってきます。
菊地成孔は言いました。
「今の時代、なんだか分からないけど今までとは違う形で成功したいと、漠然とみんな思ってるんじゃ無いか」と。
このような真面目を取り繕ったような文章に引用されるのは本意ならず、かと思われますが、
まあ全く面白くもなんとも無い冗談ですのでお許しを(いや、寧ろそっちの方が嫌いかも)。
おっと、脱線しましたね。何のためにこの引用をしたかと言うと、強引な形でまとめに入るためです。
人の手を借りることで強引の中の悪質さも際立つものです。
さて、それでは。

みんな色々考えて試して幸せになって下さい(棒読み)。
カレンダー
09 2019/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
[08/04 accislita]
[05/01 hikaku]
プロフィール
HN:
scatteredshower
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
プロフィール
HN:
scatteredshower
性別:
非公開
カウンター

忍者ブログ[PR]